カテゴリ:こころについて( 92 )

マインドフルネスと楽しみなアウトプット

先日、”支援者のためのマインドフルネス心理療法”を受講しまして、

やっぱり大事なことは繋がっているんだと思いました。


この講座、森田ゆりさんのメールマガジンで知ったのですが、

最近はアンテナが活性化しているのか、

今必要な内容の講座情報が次々と舞い込んで

気づけばとても忙しい毎日です(^▽^;)

でも、それぞれそれだけの価値は充分にあるんですよね〜

ほんとに不思議かつありがたいです。


マインドフルネスは、「判断を入れずに注意をむけ続けること」

と定義され、うつ病などの治療にも取り入れられたり、

認知療法でも”マインドフルネス認知療法”として

活用されているんですね。

今回私が受講したのはマインドフルネス総合研究所

「自己洞察瞑想療法」で、西田哲学を基にしているそうです。

その哲学も、私がこれまで学び体験してきたことに照らし合わせて

とても共感できるものがあったので、

やっぱりそうか、という想いと共に

そういうアプローチもあるんだということで

自分の中でその幅がより広がったように感じました。


主に呼吸法を体験したのですが、

今まで瞑想などでやっていたものより、

いろんな制約がないぶんやりやすい、と私は感じました。


今、心理について改めてさまざまな学習をしているので、

日々吸収吸収で、整理が追いつきませんが(^-^;)

これからまた統合されて必要なときに活用できると思います。

そのアウトプットが、どのような形で行われるのか?!とても楽しみです058.gif016.gif

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by cherish-chu | 2012-08-19 16:19 | こころについて

”根拠のない自信”

いつの間にか"根拠のない自信"が戻って来ていた。

とてつもない悲しみに翻弄されていても、

抗いようのない喪失感に覆われていても、

いつの日かそれが私の一部として糧になる、

意味を見出して落ち着くところに落ち着く。

なるようになる。

新しい扉が開く。

それがどんな方法で、いつそうなるのか、

全くわからなくて迷走していても。


そんな確信が、一番内側に、ある。



いつの間にか、取り戻していたんだなぁと。。

感慨深い。


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by cherish-chu | 2011-11-22 22:40 | こころについて

"他人のためだと思えば百人力"

『自分のためだと思うと一人分のエネルギーしかでない。
他人のためだと思えば百人力、千人力。』

(茂木健一郎さんの8月8日のツイートより)

そうなんですよね。

私も、自分のためだけだったら

自分に向き合う作業をこんなに頑張れなかったです。

「子どもにだけは同じ辛い思いをさせたくない」

という、自分でもビックリするくらいの強い強い想い(願い)

があったから、どんなに辛くてもあきらめなかったんだと思います。

子どもの存在のおかげなんです。


それは、私自身が、自分に向き合わず、

これまでと同じのままで子どもに関わることが、

どんなに罪深く恐ろしいことかを身を以て知っているからで、

それを知ってしまったからには、自分の良心とか

人間性とか言うものに照らし合わせてみても、

そのままでいることはできませんでした。

"そんなことをしたら、お天道さまに顔向けできなくなる"

という表現がありますが、そんな気持ちでした。

同じ思いで頑張ってる人もたくさんいると思います。


でも、本当にそう思えて良かった。

今年に入って実際に、

"自分の金や権力のためなら他人の命など・・"

というようなことをしている人を見てしまってからは、

更にその想いが強くなりました。

「ああはなるまい、ああならなくてよかった」という思いです。


規模は違うけど、根っこは同じだと思うんです。

誰かの権利を奪っていても、自分に向き合うことはしたくない。

誰かの権利を奪ってでも、自分の欲求は満たしたい。

という意味で。


そんな自分を、多くの人は恥じたり、自己嫌悪したりと、

さまざま葛藤を持つと思います。

そしてそれはある意味、人間らしさを失っていない、

ということのように思います。

なぜなら、恥じるという感情は、

その人の精神的変容を促すきっかけになるからです。

恥じる気持ちが変化に繋がるのです。


しかし、そういう自分でもおかまいなしに、

テレビやメディアに出て、当然のように

しゃべっている人たちがいる。

恥など微塵も感じてなさそうです。

単に私腹を肥やすというだけでなく、

"他人の命がかかっていても"やめられないのです。

ある意味衝撃でした。


開き直りというよりは、私は、この人たちは、

何か本当に大切なもの、生まれて来た時にはあったものを、

自ら望んで捨ててしまったのかもしれない、と思いました。

そして、最初感じていた怒りが、哀れみに変化しました。

そうはなりたくない、ぜったいに、と思いながら。


それを捨てるのは、自ら地獄へと進むようなもの

だと私は思っています。外面的には裕福でも、

心に平安が訪れることはない人生。



何か、おかしい。このままではいけない。

そんなとき、内側から湧いてくる力、感覚。

それこそが、いのちのはたらきとでも言うような。

その感覚を、いつまでも失いたくないです。


ニセモノじゃない、"本当の"他人のためなら、

大いなるちからが味方して、百人力・千人力になるんだと思います。



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by cherish-chu | 2011-08-08 16:33 | こころについて

必要なことがどんどん起こっている

『瞑想の修行を始めて最初に気が付くのは、

自分の心が、ということは自分の人生というものが、

ほとんど無意識的なおしゃべりで占められているということである。』

(インテグラル思想の提唱者ケン・ウィルバーのbotより)


瞑想を始めて新たに気づいたこと、学んだことがたくさんあります。

脳はホントに働きものなんだなぁ〜ということ。

絶えず何かを、ある時は同時に思考している、ということ。

"自動思考"の存在。そして対処法。

そうか、脳はそんなに次から次へと考えてるんや〜

そら疲れるハズやわ・・と045.gif


こうやって「現在・今ここ」に向き合っていると、

「過去」はすっかり本当の意味での「過去」になり、

意識にも浮かび上がらなくなって久しい、

ということも改めて感じられます。

浮かび上がったとしても、

「あぁ、そういうこともあったなぁ」と、

ある種の懐かしさを伴うものに、

年月を経て更に変化しているんですよね。

もうそれで苦しむことも、それを主張する必要もない喜び。

山をひとつ越え、現在(いま)の自分に向き合える喜び。


そんな時、大きな解放感と、

心の中から自由が拡大していくような、

たましいが喜んでいる感覚がして、エネルギーが湧いてきます016.gif


そんなふうに、”感覚”もどんどん変化し

揺るぎないものとして定着していっているような感じです。


本を読んでも、これまでと違う発見があります。

これまでもそういうことはありましたが、

それとはまた明らかに、質が違う、のです!

同じ言葉や文章から、これまで受け取っていたもの以外に、

”身体的な感覚”としてぴったりフィットする感じがあるのです。


違う角度の、より深い視点の存在に驚きつつ、

望めばどこまでも成長できることに喜びを感じています。


新たな目標を設定して、そのために必要なことが

内的・外的にもどんどん起こっているので、

揺れるし行きつ戻りつするし、思うようにいかなかったり

不安だったりこわかったりしんどかったりと、

ある意味激動の夏、在庫一斉処分的な日々ですが、

それでも、小さな目の前のひとつひとつを

どうにかこうにかクリアしていっている自分がいるので、

そんな私がまたどうなっていくのか、

どんなふうに変化していくのかがすっっっごく楽しみです016.gif016.gif


今、"わたし"という"主体"が、

これまで以上に身体の中心にガッチリとはまり、

更に揺るぎないものになっていく、

そんな過程を実践しているんだと思います058.gif

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by cherish-chu | 2011-08-07 13:57 | こころについて

"練習"してきたわ〜♪

思えばこの数年間、ほんとによく"練習"してきました058.gif

主体性や自己肯定感を取り戻すため、

脳の回路を変更するため・・


自分で言うのもナンですが本当よく頑張ったと思います016.gif


改めてそんなふうに考えてみると、

そうした練習スキルって

ほんとにたくさんあるなぁって思います。

うまいことできてるなぁ、考えた人スゴいなぁって。

多くの人がそれで救われてるんですもんね。


他者とのコミュニケーションでできることもあり、

自分ひとりでできることもあり。


地道な作業ですけど、

やっぱり練習したぶん、必ず成果があらわれるから、

続けていこうという気になれますよね。

頑張ったぶん、達成感も大きいですから。


そうやって、自分を大切にしようと

日々、練習や修正に取り組む人たちは、

もうその時点でじゅうぶん

自分を大切にしてると言えるのかもしれませんね016.gif


しみじみと練習してきたことを振り返って、

よく頑張ったなぁ〜と味わってみると、

改めて、これからも練習するゾ〜と、

心もほっこり、モチベーションもあがります。

褒める、認めるってやっぱり大切ですネ♪


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by cherish-chu | 2011-07-20 01:31 | こころについて

瞑想効果と新たな扉

ただ今、瞑想にハマっています♪

始めよう。瞑想―15分でできるココロとアタマのストレッチ (光文社知恵の森文庫)

宝彩 有菜 / 光文社



ひとつわかったのは、瞑想はとても科学的だということです。

瞑想というと、神秘的、宗教的なイメージもあるようですが、

実際にやってみると、とても理に適っているんだなぁと思いました。


実際に効果を感じたことのひとつが、集中力です。

実践するうち、集中力って『"今、ここ"の感覚』なんだ、

と、その感覚をより深く体感できてすごく嬉しかったです。


例えば、自分を守ろうとして、

または状況をより良いものにしようとして、

未来を予測して動く、ということがあるのですが、

それがために逆に”不安”を生み出してしまう、

ということも起こります。

特に過去の経験が厳しいものである場合、

同様の出来事に対して、過度に怯えたり、

過度に攻撃的になったり、というように。

また同じようになるんじゃないか、という不安ですね。


そのような”不安(思考)”があると、

視野が狭くなり、本来の実力が発揮できなくなります。

思考(過去や未来)に縛られ、

目の前の出来事(現在・今、ここ)に集中できなくなるのです。


瞑想は”思考”を整理することでもあるので、

”今、ここに集中する練習”ができるんだなと思いました。

ちょうど、歌を歌うための発声練習や、

ダンスするための筋トレのようなものですね。

また、腹式呼吸で深い呼吸をしながら行うので、

代謝や血行もよくなっているように思います。


これまでも違ったアプローチでこういう練習や修正を

行って来ましたが、こうしたことには終わりがないんだな、

と思います。プロのダンサーや歌手の方が日々の鍛錬も

しっかり行うのと同じなんでしょうね。

やればやるほど、磨きがかかり、極められていくし、

やればやるほど、世界が広がって楽しくもなっていく。

そうことだと思うので、これからもいろんなアプローチを

試してみたいし、続けていきたいと思います♪


そんな瞑想でこの間、

ハイヤーセルフと繋がる体験がありました。

内なる声と繋がるのは、久しぶり。

身体の内側、奥底から「大丈夫」という声がして、

その瞬間、大きな安堵感を感じるとともに

涙がこみ上げ、涙と一緒に身体の中から

老廃物が流れていくような心地よさを感じました。


冒頭で紹介した本によると、

瞑想により思考が整理され無の状態になると、

『境地瞑想』といって安定感や安心感を感じたり、

非常にリラックスした状態になったりするそうなので、

そういうことなのかなーと思います。


今、人生の第2章も終わりに近づき、

第3章がようやく始まる、という実感があります。

これまで学び、身につけて来たことの、

応用・実践編といったところでしょうか。

変化の時は大変なときでもありますが、

必要なとき、必要なことに出逢えているので、大丈夫。

やっとここまで来れたことが本当に嬉しいし、

新しい扉を開けて広がる世界もすごく楽しみです016.gif


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by cherish-chu | 2011-07-18 00:42 | こころについて

こぞって自分に向き合うようになれば

今のこの危機に、機能不全で育った大人たちが

”これではいけない!!”と目覚め、

こぞって自分に向き合うようになれば、

それはそれはものすごいチカラになって

この社会も大きく変わるだろうなぁ。


・・と、ふと思いました。


やばい!!なんとかしないと!!っていうピンチの時は、

今までのやり方を変えるチャンスでもありますもんね。



どんな親子関係で、どんな環境で育ったとしても、

それで一生が決まるようなことはありません。


実はすごいエネルギーを持っているのに、

”持っていない”と言われ続けて、

自分でもそう思いこんでいるだけなんですよね。


いつからでも、どのようにでも、

生き方も人間関係も変えられます。


不適切なやり方に支配されて、

本来の自分の力に気づかない、

発揮できないなんてもったいなさ過ぎます。



利用できる素晴らしいエネルギーが目の前にあるのに、

素通りして他の危険なエネルギーを使おうと

しているようなものだと思います。



苦しみや辛さ、悲しみや怒りは、放っておくと

良くないものに変化することもありますが、

大切に大切に、包み込むようにケアすれば、

何ものにも代え難い、糧へと変化します。


その糧は、

どんな時も自分を支えるエネルギーになり、

あるいは同じ痛みに共感する力として

他者との深い繋がりを産み出します。


これまで自分を縛り、苦しめていたものが、

自分次第でものすごく心強い味方になり、

苦しみや悲しみが深ければ深いほど、

それが糧へと変化した時、

その深さのぶん、大きな”歓喜”となって、

心を満たしてくれるんですよね。



今の社会全体を覆っている閉塞感のようなものを

打破する為にも、まず自分自身を変えようと

動き出している人も多いんじゃないかと思います。

そしてそれが、自身の未来はもちろん、この社会の未来、

子どもたちの未来を左右するんだと思います。

私も、ぼちぼちでも、変わらず動き続けます。


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by cherish-chu | 2011-06-17 00:14 | こころについて

こころ、いのち、きもち

心はその人の命そのものだから、
心を踏み荒らされて、それがとても大切なものだと知らなくて
殻に閉じこもっている人は、他者の心(命)も大切に思えない。

命(心)の危険があるようなことでも、
自分の殻を守ることに汲々としてしまう。
他者の命(心)まで思いが及ばない。

"共存(人と繋がろうとする力)"という
本来の心(命)の働きが機能していない人が
多数の社会では、そのしわよせは必ず子どもに来る。

虐待や、DVで子どもが被害にあうことと同じく。

個人的なことは、社会的なこと。

心(命)の問題を先送りにすればするほど、
問題は根が深く大きくなっていく。

待ったなしの危急の時に適切な判断ができない。

子どもたちが大人になり、
もしも同じような事態が起こった時、
適切な、当たり前の判断が、すんなり通るような、
そんな社会になっていて欲しい。

自分さえよければという利己的な人の声は表立って聞こえない、
それくらい、心(命・気持ち)が大切だと言う人が多数の社会に。


そのためにも、子どもたちの心(命)が、自由で、
本来の機能そのままに働くようなそんな環境について、
より真摯に向き合い、感じ、考えていくことが求められる。

素晴らしい働きを持つものを本来持っているにも関わらず、
じゅうぶんそれが発揮でできないことほど、悔しいことはない。

心(命・気持ち)の大切さについて、
先送りにすることがどんな恐ろしいことに繋がるのか、
今あらためて身が引き締まるような思いを抱いている。

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by cherish-chu | 2011-05-08 17:00 | こころについて

サポートする、ということについて

建築家の安藤忠雄さんがasahi.comのインタビューで、被災された方に対して、
〜引用文ここから
『私たちにできるのは、国を挙げて、国民を挙げて
「サポートされている」という実感をもってもらうこと。』

ここまで〜
とおっしゃっていました。

数々流れて行くメッセージの中でも、
私はこの言葉にとても共感し「まず気持ちに寄り添うこと」が、
何らかの被害や抑圧を受け力を奪われた人にとって
いかに重要で、大切であるかということを、
今まで思っていた以上に改めて深く感じました。

生きるため、生き延びるために、
これ以上ないというくらい必死で頑張っている人に、
更に「頑張れ」という声がけをすることは、場合によっては
「これ以上どう頑張れというのか」という無力感・疲労感や、
「気持ちをわかってもらえない」という孤立感などで、
残るわずかな生きる力まで奪ってしまうような可能性もあります。

そして、
「こうしていれば・ああしていれば」
「こうすればいい・ああすればいい」
という分析や方法論は、ともすればそのように力を奪われた人から
更に力を奪うこともある、ということも、改めて感じました。

親が子どものためを思って、よかれとすることが、
子どもにとって本来の意味でプラスになっていなければ
子どもの力を奪うことになるのと同じように、

支援される側が「サポートされている」と感じていなければ、
それは支援でなくなる場合もあるということなんだと思いました。

何事にも、それにふさわしい
時期やタイミングがあるのだと思います。

身近な例で言えば、
宿題をまさに今やろうとしている時に、
「宿題やりなさい」と言われた時の、
一瞬でやる気が奪われるあの感覚のように、

支援される側のニーズにも、段階や時期で変化があり、
まずその人の気持ちに寄り添うということがなければ、
そういう行き違いが起こってしまうのだと思います。


そのような思いから、
"解決志向型"の、なぜそうなったのか?という、
その人の問題や原因に視点をおくのでなく、
その人が、すでに持っているけれど気づいていない資源に
目を向け、活用していくというセラピーを思い出しました。

それは、森田ゆりさんの言われる、
『すべての人は皆、生まれながらに
素晴らしい生きる力を持っている』
という視点においても、とても有効だと思いました。

問題を解決し改善する時、
その人自身の問題や原因に焦点をあてることは、
時にその人の力を奪うことに繋がり、
その視点そのものが更に新たな問題をつくりだす、
こともあるのだ、と感じたからです。


気持ちに寄り添う、ということは、
「その人のありのままを受け止める」ということ。
「あなたのことを気にかけています」という気持ちが伝わり、
受け手の心が動き、前に進もうとする原動力に繋がること。


平時には聞き流せるようなことも、
有事という誰もが心の余裕をなくすような状態では、
とても受け流せない、ということも起こります。
実際に、多くの有名人が失言で謝罪していますよね。


分析や方法論を役立てるためにも、
まずその人の本来持つ力を信じ、寄り添うこと。
そのことの大切さが、今までとはまた違った視点で、
より深く、心に広がったように感じています。

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by cherish-chu | 2011-03-26 20:43 | こころについて

■追記ありで再送します■【すべての方へ】災害時のメンタルケア(追記あり)

このような時にはとても必要なことと思い、
Twitterで得た情報をmixiのつぶやきで
昨日流したのですが、追記があったということと、
広くたくさんの方々に見ていただければとの思いから、
こちらで改めて転載させていただきます。

【すべての方へ】災害時のメンタルケア(追記あり)←←こちらのブログより転載

-------------------転載ここから-------------------

3月13日午前に知り合いの臨床心理士からとても有益な情報をいただいて
この記事を流しましたが、この情報についての説明を「追記」として
3月14日夜に掲載したものをあらためて流します。
元の記事を各方面に転載したりメールしていただいた方も、できればこの
「追記」の部分のみでかまいませんので、流していただけるとうれしいです。


(追記)
【災害時のメンタルケア】は、
トラウマ療法であるソマティック・エクスペリエンス®(SE)の
療法家(米国在住)から届いたサポートメールを
SEプラクティショナーであり臨床心理士の藤原千枝子と
SEトレーニーであり臨床心理士である牧野有可里がまとめたものである。


【災害時のメンタルケア】

◆1.今こそ自分自身のメンタルケアを。


今はまだ地震直後であり、だれでもアドレナリンが噴出している時です。
こういう時は何かをしたくてたまらなくなりますが、
まずはその自分自身の感覚に意識を向けてみましょう。
細々意識してみることをトラッキングといいます。
自分自身に対するサポートを最初にしてください。

私たちが落ち着いているか、
不安エネルギーをまき散らしているかによって、
様々なことが違ってきます。

◆2. テレビの視聴には気をつけてください。
*特にお子様、感受性の強い老若男女の方々。


身体がだるくなったり、ボーッとしたり、涙が出てきたり、
妙な罪悪感が湧いてきたり、不安状態にある自分に気づいたら、
即刻テレビを消すか、必要なニュース速報のみが流れてくる
全く違う番組にしてください。

テレビで繰り返し繰り返し流される悲惨な映像は、非常に強い吸引力を持ちます
(とかく最近のメディアは人々の不安をあおるのが特徴です)。

人によっては催眠にかけられたように
テレビの前から動けなくなる人もいるでしょう。

こうした映像に何度も何度も自分をさらすことは、何の役にも立ちません。

***私たちが生きていく為に必要な情報が得られれば、
それだけでいいのです!***


トラウマの渦の引っ張り込む力はとてもとても強力です。

サンフランシスコ大地震の時は、繰り返されるメディア報道が
人々にもたらすネガティブなインパクトは甚大だったといいます。


◆3. 今一番に必要なのは、身の安全を確保することです。
避難場所、食べ物、人々が安全かどうかをチェックすることが優先です。


◆4. そして非常時に最も大切なのは、人とのコミュニケーションです。
人を求めるのは、とてもとても自然なことです。


その時の自分の思いを言葉にして、所属するコミュニティでシェアしたり、
身近な人に伝えてみてください。もちろん、手段はメールでも構いません。
「メールに書きながら落ち着いてきました。大丈夫です」
とおっしゃる方、多いです。


☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

特にメディアが繰り返し繰り返し流す悲惨な映像によって
距離が保てなくなり自分が生きていることに罪悪感を感じてしまったり
全く逆に現実感を失って自分がここにいる感覚がボンヤリしてしまったり
・・・という声が私の元に次々届いております。
それで上記の文章を配信することにしたのですが、
「私の状態がそうでした!!そうだったんですね!」
という反応が今度は返ってきています。

水城先生の方でも
もしよろしければ
情報としてご使用ください。
・・・というか
是非皆さんに教えてあげてください。

自分を見失うことなく
冷静な判断ができるように。

命が守られますように・・・。


-------------------転載ここまで--------------------

今回追記の中で、この文章をまとめられた方の中に
ソマティック・エクスペリエンスの藤原千枝子さん(HPはこちら
のお名前がでており、ピンと来て調べたところ、
私が以前からこのブログのライフログで紹介しているこちらの書籍↓

心と身体をつなぐトラウマ・セラピー

ピーター リヴァイン / 雲母書房

スコア:


を翻訳された方であることがわかりました。
文章に対してより安心感を持てたのと同時に、
やはり、本当に必要なことは繋がっているのだと思いました。
また、アンテナを立てていれば、
必要な時必要なことが入ってくることも。

この記事を読んでから私はテレビはあらましの情報だけ
(自分にとって役立つ事)手に入れる手段にしています。

その他は、Twitterやインターネットなどで、
”否定的・批判的な表現”をする人は避け、
”肯定的な表現、または事実のみをわかりやすく伝えてくれる人”
の情報を選んで取り入れることをこころがけています。

また連日の報道には胸が痛むことはもちろんですが、
何よりも気になったのは、未曾有の大変な被害を受けた方への、
インタビューです。このような状態にある人には、
もちろん”適切な対応”が求められるのですが、
”共感的傾聴”や”心の応急手当て”などの
知識のないような人が話を聞きだすことが
果たしてどうなのか、ということがとても気になります。

例えば、傷ついて血が噴き出しているような時に、
気持ちに寄り添おうとしてくれる人には心も開きやすいですが、
話のタネにと、興味津々で何があったか聞き出そうと
する人は、近づいてこられるだけでもイヤです。
それは、回復の妨げになるどころか、二次被害とも言えます。

どうかそんなことが起きませんように、祈っています。

こういう時こそ、内なる力に出逢うときなのかも知れないと感じています。
未だ起こっていないことへの不安に飲み込まれて自分を失わないよう、
客観的な視点を持ちつつ、エネルギーを奪うような情報からは
遠ざかって自分を守っていきたいですね。

最後に、"水の反映"ブログのMIZUKI Yuu様、
有益な情報を本当にありがとうございました。
私もそうですが、この情報で落ち着かれた方は
本当に多いようです。感謝いたします。

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by cherish-chu | 2011-03-15 14:50 | こころについて