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ギターさん、いらっしゃ〜い♪

新しい仲間がやってきましたemoticon-0100-smile.gif

ギターの"クラちゃん"ですemoticon-0171-star.gif

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私は、歌うことが昔から大好きで、

10代後半〜20代後半まで

ステージで歌っていたのも

あるのですが、今でも、

テレビなどから

好きな曲が聴こえてくると、

立ち上がってホンイキで

歌って楽しんでいます。


やっぱり、腹式呼吸で

思い切り声を出すというのは、

なんらかの効果があるんでしょうね。

めっちゃスッキリするし、気持ちいいですね。




・・で、そんなある日、ふと、

"ギターで弾き語りをすればもっと楽しいのでは?"

という考えが浮かんだのですemoticon-0155-flower.gif



楽器は、4歳からオルガン〜エレクトーンと中学2、3年まで

やっていたので、演奏することもとても好きでした。

楽器というのは、もうひとつの好きなこと、ダンスのような、

音に、身体を使って感情をのせていく気持ちよさ、

があると思うんです。

それも、めちゃめちゃ大好きなんですよね。

音と一体化した時の、鳥肌が立つような、あのカンジ。



今回初めて、なぜかギターに惹かれました。

右も左もわかりませんが、

えいやっとネットで注文してやってきたのがクラちゃんです。



梱包を解いて出て来たとき、

形容しようのない、懐かしいような、

昔から知っていたかのような、

感情が湧き上がってきて、

モノではなく、友達のように思ったので、

思わず名前をつけました。



最初、"ギタおくん"にしようと思っていましたが、

ちょっとなんかな、と思い直し、

私の中では、ギターと言えばエリック・クラプトン、なので、

スゴい人に少しでもあやかろう、ということで、"クラちゃん"にしました。



少し練習してみたのですが、

全くの初心者ということで予想どおり、

すでに左手の人差し指の先が痛いですemoticon-0110-tongueout.gif



さて、無事弾けるようになるのでしょうか、

私とクラちゃんの運命やいかに?!と言うカンジですが、

ぼちぼち弾けるようになっていけばいいなぁと思っております。

出逢えて嬉しいよ。よろしくね、クラちゃんemoticon-0115-inlove.gif
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by cherish-chu | 2009-04-30 00:22 | 気持ち

心に、花が、咲く。

絵本・壁画作家 今川咲恵さんの母娘展に行って来ましたemoticon-0100-smile.gif

そこはココロがポカポカ、あったかくなる、そんな空間でしたemoticon-0157-sun.gif

咲恵さんは、とてもカッコかわいくて(カッコいい+かわいい)

アフロヘアがとてもお似合いでした。

母娘展、とあるように、咲恵さんのお母さんこさみんさんにもお逢いできました。

なんとも優しくふんわりした雰囲気のこさみんさん、

やはり育てたように子は育つのだな、と実感するような、

素敵な親子関係で、それはそれは、なんともうらやましいほどでしたemoticon-0157-sun.gif



そんな咲恵さんの「ボールペン里親制度」の

ペンちゃんたちを見つけて、さっそく私も参加しましたよ♪

どれもめっちゃかわいくて、ひとつに決めるのが難しかったほどです。

そんな中、一緒に帰って来たのは、「さきちゃん♪」です。

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赤いパンツのよく似合う、

かわいいさきちゃん♪は、

今日もニコニコ、

嬉しそうにお外を眺めています。








一緒に写っているのは、咲恵さんのポストカードです。

ここにも噴火する火山を見つけて、さっそく購入。

なんとも大らかで力強い火山くんですよね。



そして私は今回も、茂木さんの時のように、

咲恵さんと一緒に写真を撮っていただきました。

あたたかでやわらかく、しなやかな咲恵さんとの

写真は、また私のエネルギーを拡大させてくれそうですemoticon-0157-sun.gif


この記事のタイトルは、咲恵さんの作品に書かれている

メッセージからつけさせてもらいました。

そこに心、たましいのこもったメッセージ・想いは、

しっかりと伝わるのだなぁと思います。

私の心にも、パッと、花が、咲きましたemoticon-0155-flower.gif

素晴らしく楽しい時間を、ありがとうございましたemoticon-0152-heart.gif
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by cherish-chu | 2009-04-20 16:37 | 気持ち

マリオネットと人形遣い

入学式などで、子どもよりも大人が盛り上がって

大いに張り切っていたというような記事が新聞にあったそうですが、

入学式に関わらず、私はそのような姿に違和感を感じていました。


なぜかというと理由は明解です。



そこに、子どもの成長を喜ぶ親の姿、というよりは、

子どもと自分を別の存在、一個人として認識するのでなく、

自分の"分身"のように同一化して子どもの体験を

自分のものであるかのようにふるまうような、

子どもを囲い込みコントロールする親の姿を見るから、



また、そうした親のもとで10数年生活する中、

生き抜くために無意識下で、親のやり方に従うという形で

対応することで、取り込まれてしまった子どもの姿を見るからです。



私は、そこにマリオネットと人形遣いを見るようで、哀しみと憤りを感じます。

人間は、人形ではありません。

もちろん、そうでないならそれに越したことはありませんが。


どうなんでしょうね。



また、"自分探し"という言葉。

雑誌などでよく見かけるように思います。

ここでも私は違和感を感じます。



私は、そもそも"自分探しをしよう"、

という状況そのものに危機感を感じます。



もし、自分を肯定できるように育っていれば、

そもそも自分を"探す"という言葉は出て来ないと思うからです。


思春期は、家庭や学校など身近な社会で学習してきた

これまでの生活経験などから、"自分らしい生き方"を模索する、

という発達段階であるのですが、

"自分らしい生き方を模索する"には、

まず"自分"というものがそこにあって、

そのらしさを活かすことができる、

"自分"がやりがいを感じられる、

そのような生き方を模索していくことだと思います。


が、自分"探し"は違うように思います。

そこにあるはずの"自分"が見えなくなっていて、

ごちゃごちゃもやもやした混沌の中から

複雑に絡まった糸をほぐすように

まさに"探す"、そのような意味かと思います。


要するに、それだけ"自分がわからなくなっている"ということで、

この情報過多の時代に、自分がないのですから、

流されてしまうことも大いにあるだろうし、

元になる"自分"がなければその自分に今必要なことを

見出すのも困難であると思います。



そうなった経緯を探っていけば、

不適切な親の関わりで育った可能性もあるわけですから、

歪んだ価値観や、自分を縛り付けるような思い込みも

多々あるかもしれない。


このように、とてもとても危機的状況だと思うのです。



しかし、雑誌などで扱われる"自分探し"には

このような危機感が感じられません。

これが私の違和感のもとです。

まるで"当たり前"のことのように、

誰もが一度は通る道、のように書いていると思う。



メディアリテラシーと言いますが、疑問を持たずに

そのまま受け取っていると、大切なことを見落とすように思います。



私は、このようなことは損失と捉えています。

子どもの可能性を奪わない関わりはあるし、

自分を"探す"ところから始めなくていいやり方もあるんです。



今回の"違和感"のような、自分の感覚を信じて、

"世間の常識"や"自分の思い込み"を再構築する、

そのような試みは、とても大切であると思います。
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by cherish-chu | 2009-04-15 13:56 | こころについて

自覚的でありたい

私がどっと疲れるのは、

機能していない、と感じる人たちがたくさんいて、

頭の中で "危険、危険" というブザーが

鳴り響くような状況にいる時かと思う。


自分とは違う感受性を持つ,と感じる人との

コミュニケーションは、本来学びや刺激があって

同じ"疲れ"も、”心地よさ”があるように思うけれど、

"機能していない"ということは、

他者に対して閉じている状況なので、

コミュニケーションが成立する予感すらない。



そんな疲れを感じながら、

大事なのは、やっぱり、今の自分に自覚的であることだなと思った。



疲れきって傷ついて閉じるのは、

回復するための機能として大切だけれど、

そこに"自覚"がないと、

なんというか、自分を守ろうとし過ぎて

過剰に攻撃的になったり支配的になったり、

あるいは、今なにが大切かということに

気づけなくて不適切な対応や態度をとってしまうように思う。



さまざまな恩恵にも気づけなくなるのだろうな。

自然との繋がりや、

人との関わりで感じるあたたかさ。

美しい言葉に宿るたましいの響き。



大人が自分に自覚的でないと、

全く気づかないうちに

子どもの可能性を潰してしまう。



ちなみに、機能していない、と私が感じるのは、

私の親のような人だから、

あぁ、そうすると私は、危険危険というブザーが

鳴り響くような環境で日々育って来たのか、と

よく頑張った、と改めて子どもの自分を褒める。

機能不全家族で育ってきた大人は、

そのような生きる力に自信を持ってもいいのだと思う。



そんなことを考えながら、

あぁ、私は自分に自覚的でありたい、

と切に願うのでしたemoticon-0155-flower.gif
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by cherish-chu | 2009-04-10 18:56 | こころについて

創造性と脱抑制

脳科学者の茂木健一郎さんによると、

創造性とは脱抑制のことであるというのは
もはや脳のメカニズムとしては間違いのないところだ


そうです。

抑圧から脱することで創造性が発揮される、ということですよね。

創造性といっても、すごいアート作品を創る、とかに限らず、

日常のアイデアだって創造性のひとつで、

子育ての知恵、例えばオレンジさんの子連れで出かけるときの極意にある、

さまざまなアイデアも素晴らしい創造性が発揮されたものであると思います。



創造性もそうですが、その人の実力が最も発揮される、

というのは、"困難な状況"に直面した場合だと思います。

病院の待ち合いなんて、子育ての中では、

3本の指に入るくらいに"困難な状況"ではないでしょうか。

この困難な状況を、自分がどこまで対処できるか、というのは、

自分の現状、心と身体の状態を知るのには最適かと思います。



私も、思ってたようにいったことなんてあったかな、くらいのものです。

でも、子どもは自分とは別の個人ですから、当たり前のことなんですよね。

思うようにいかない子どもの方が、実は安心ですしね。

万にひとつ、うまくいけばめっけもの、くらいでちょうどいいように思います。

子育てに、カンペキなんて、ないんです。



こういう場面で、子どもが、泣きわめいたり親が困るようなことをすることで、

親の脱抑制、そして更なる創造性の発達のチャンスを子どもが与えてくれているんだ、

ありがとう、そのチャンスをムダにしないように致します、といつも切り替えてきました。



困難な状況に対する対策(スキル)を用意するとともに、

それを使いこなせるような心の余裕(抑圧感情の解放による)を

持っていないと、余裕のなさを子どもは見抜いて、

なかなか思うようにはいかないんですよね。



"困難な状況"には、そこから見出そうとすればするほど、

掘り下げようとすればするほど、

自己発達のチャンスがたくさん隠されているように思います。



脱抑制で創造性が発揮されるなら、

それはとても魅力的な動機付けになりますね〜

よ〜〜し、もっともっと脱抑制だ〜〜!!みたいなemoticon-0157-sun.gif
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by cherish-chu | 2009-04-06 01:45 | こころについて

ただ生きるために

北極のナヌーという映画を観ました。

子どもに、と思って録画していたものを、

内容の確認のために最初は流しながら

観ていたら、どんどん引き込まれて

最後のエンドロールでは涙が止まらなくなってました。


シロクマのナヌーと、セイウチのシーラをメインに、

北極で10年の歳月をかけて撮ったものだそうです。


まず、映像が素晴らしかった。

海の青、氷や雪の白など美しい自然の色や、

奥行きのある広い広い空間や、悠然と海を泳ぐ姿は、

観ているだけで、セラピー効果があるなぁと思いました。


人間も見習いたいと思った事があります。

セイウチは、子どもを1頭育てるのに、母親ともう1頭、

雌のセイウチが子守り役としてつくそうです。

1頭の子セイウチに、2頭の雌が面倒を見る。

人間も、今はそれくらいでちょうどよいのかもしれない、と思います。



動物も植物もみんなそうだと思うのですけど、

厳しい自然の中、ただ、自分が生き残るため、

そう、”ただ生きるために生きて"いるんですよね。

その一瞬一瞬を、”今を”生きる、という姿は、

いつも、自分の中にもある、おおもとの部分を

思い出させてくれるように感じます。

そう、そうだよね。そうなんだよね。と。



私が涙したのは、エンドロールに入ってからで、

そこで、初めてスタッフがどのように撮影したか垣間見えるように、

動物たちのすぐ近くに、カメラを構えたスタッフがいたり、

あるいは決定的瞬間を捉えようと、全速力で氷の上を走っていたりして、

人間(スタッフ)が、動物たちのすぐ隣にいるのだけれど、それでも動物たちは、

警戒するでもなく、威嚇するでもなく、「何だ?」とは思いながらも、

特に気にする訳でもなく、いつもどおりに過ごすところを見た時、

"そのまま、ありのまま"で生きている動物に、

人間が受け止めてもらっているように感じたからかもしれません。

"そのまま"で生きている彼らの、大きな優しさを感じたのかもしれません。



なんだか、動物を含めた、大自然というような、

何かこう、大きなものに受容されたような感覚に揺さぶられたように思います。



むき出しの、そのままの自然には、

人間の無意識下にある、そこに繋がるものを刺激して、

観ている人の何かを揺さぶる、そんな力があるんでしょうね。

映像でさえ、それだけの力があるのですから、スゴいなぁと思います。

そしてまた、閉じて固まらず、揺さぶられる自分でありたい、と思いますね。

北極のナヌー プレミアム・エディション

ジェネオン エンタテインメント


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by cherish-chu | 2009-04-05 07:01 | 気持ち