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社会にでても困らない

「助けて」と言えば、

たいていの人は助けようとしてくれると思う。



思えば私は子どもの頃から

助けてもらうことが多い方だったと思う。

そのことにあまり抵抗もなかった。

世間では、私のように

助けてもらうことの多い人が少ないようなので、

「みんな自分でできるんだなぁ、すごいなぁ」

とか思っていたけれど、

子どもと関わるようになって、

どうやらそうではないようだ、と思うようになった。




助けが必要なのに、

”助けてもらう”ことが遠い存在、

とでもいうような人も多いのだな、と。



自分でできるから助けはいらない、

というのでは、必ずしもないんだ、と。




まず”助けが必要である状態”に気づくことなのだが、

頑張り続けて来た人には、そこからしてわかりにくい。

限界まで頑張ってしまうクセがついている。




適切に休むこと、

自分のペースを大切にしていいこと、

無理しないこと、

人の助けを借りてもいいこと、

などを家庭生活の中で習慣づけできた子どもは、

社会にでても困らないだろう。





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by cherish-chu | 2009-10-30 22:42 | こころについて

スゴいパワー

テレビでマドンナのSticky & Sweetツアーを観ました。

あいかわらず、スゴいパワーですね。

この方、51歳なんですよね。

もの凄い体力だなぁと感嘆しました。

ステージでなわとびを跳んでおられましたよ。

跳んだあと、全くといっていいほど

息があがってないのには、さすがにビックリしました。



それから、私は初めて観たのですが、

アコギの弾き語りもありました。

素晴らしいプロポーションで、

ギターを抱えて仁王立ち。

ギターがファッションの一部になったよう。

カッコよかったです。



マドンナのツアーでいつも注目しているのが、

ダンサーの方々です。

鍛え抜かれたダンスを観るのが本当に心地よいのです。

惚れ惚れしてしまいます。

私にとっては一種の癒しのようなもの。



今回のツアーには、日本人のダンサーが

何名も参加しておられるそうです。

7月には、ツアーの中でマイケル・ジャクソンを偲んだ

パフォーマンスを行われたそうなのですが、

マイケルそっくりのダンスを披露したのが、

日本人ダンサーだったそうです。



しかしマドンナさん、

51歳で美しい方はたくさんおられると思うのですが、

かつこんなに体力、パワーがある方は

そんなにいないのじゃないでしょうか。

いやー、すごかったです。



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by cherish-chu | 2009-10-29 00:18 | スゴい人

他人まかせと過干渉

前回のブログに書いた横尾忠則さんのお話。

10代の頃のご自分を「他人まかせ」とおっしゃっていましたが、

私は、一般のそれとはまた違うよなぁ、と思いました。


「他人まかせ」っていうのは、

例えば結婚する際に

「幸せにしてね」とか「幸せにするよ」みたいな

主体性のなさのようなことを言うと思うのですが、

横尾さんの場合、

家庭に安全基地があったので、

流されるのではなく”流れに任せても大丈夫”

というような安心・自信・自由があって、

まわりのすすめに乗っかっていた、

ように私には思えたのです。




”他人まかせ”と、”流れに任せる”

のは全然違うよなぁって。思いました。




”他人まかせ”になってしまうのは、

「自分の人生は、自分ではコントロールできない」

というような不全感から来るもので、

これは過干渉、

あれしなさい、これしなさいと言われて育つと

そうなると思います。

一方、過保護と感じるほど

思いや行動を尊重され、

愛情を注がれて育てば

”流れに任せても大丈夫”な

自信と他者への信頼感が育つ

のではないかと思います。

横尾忠則さんが

「過保護で、溺愛されていた」

と語られていたように。




児童精神科医の佐々木正美先生も

そのことに触れられています

しかし世間一般では、

いまだ過保護と過干渉を同列にして、

同じように”よくないこと”、

としていることが多いように思います。

・・・全く違うと思うし、

同じようにしていると危険でさえあると思います。
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by cherish-chu | 2009-10-24 14:53 | こころについて

スゴい人の共通点

横尾忠則さんのインタビュー番組を観ました。

忌野清志郎さんの個展のポスターを描かれていたり、

岡本太郎さんの著書の序文を書かれたりと、

好きな方と繋がっておられたので、興味がありました。



横尾さんは、幼い頃、とても溺愛され、

過保護に育てられた、とおっしゃっていました。

晩ご飯のおかずが気に入らなくて、

ぶちまけてしまっても叱られなかったくらい、

叱られた記憶がない、とのことです。



そしてまた、ご自身は養子で、

実の父の兄夫婦が、育ての親だそうです。

高校生の頃、そのことを知られたそうですけど、

むしろ、そのことをロマンチックなことのように

受け取られたそうで、だからどうということはなかった、

それでグレるのも、面倒だった、と話されていました。

私はその話を聞いて、愛情いっぱいに育つと、

そのようなことも”たいしたことではなくなる”

のだろうな、と思いました。



そんな横尾さんが

「自分が何を求めているのか、その”何か”を探している」

時期があって、その”何か”を見つけたのが

ニューヨークでピカソ展を観た44歳の時だったそうです。



多くの人に影響を与えるほどのアーティストの方は、

皆さん共通するものがあると思います。

岡本太郎さんもそうですが、

自分にとことん向き合う、というようなお話を、

やはりされるんですよね。

世界の見方が同じように思います。

果てしなく広く、深い。

愛情をもらった分と比例するのかもしれません。

飄々とお話されるのがとても印象的で、

70を過ぎておられるそうですが、

とても自然で、マイペースで、カッコよかったです。




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by cherish-chu | 2009-10-22 17:37 | スゴい人

放送局が動いた!!

以前日記に書いた件で、

放送局から返事が来ました。

虐待、という重大な社会問題の

取り上げ方があまりに安易と感じ、

このままでは当事者が傷つく、と思ったし、

かつ視聴者に誤解を招くと感じたので、

番組あてにメールをすると、

プロデューサーさんから返信がありましたが、

この方とは話が平行線だな、と思ったので、

局長さんに手紙を書いた件です。



今は、番組ごとにHPがあるので、

放送するだけで終わらず、

番組内容をHPでいつでも誰でも

閲覧することができますよね。

そのような場に、

虐待に関した誤解を招く表現があると、

虐待する親の行為の正当化を強化するかもしれない、

そういうことを放送局がやってしまうのは、

やはり社会に大きな影響を及ぼすと思い、

このような理由で、やめて欲しいと思う、

というようなことを書きました。



結果、部長であり、その放送部門の責任者の方から

お手紙をいただき、番組HPの当該部分を削除し、

心理の専門家に番組のアドバイザーをお願いする

準備をしている、との改善の報告をいただくと共に、

先のプロデューサーの返信についてのお詫びなど、

実にていねいに対応していただけました。



とにもかくにも、事の重大さに

気づいてもらえて本当に良かったです。

アイメッセージでお願いをした内容を、

ほとんど聞き入れていただけたので、

とても満足すると共に、感動しました。



この方たちも、

子どもたちに安心、安全な暮らしを

と願う気持ちは同じなのだと思います。



やはり伝え方は大事だなと思いました。

気持ちを伝える、ということ。

批判や評価は、相手の気持ちを

硬直させてしまうんですよね。



機能不全家庭で育った人にとっては、

このような経験はとても貴重なんですよね。

これまでの経験から来る

「言ってもムダ。どうせ聞いてもらえない。」

というような心のフィルター・認知の歪み

いい意味での揺らぎを起こし、

今までの経験が世界の全てではない、

というような大切な気づきが起こります。

歪みの修正や、フィルターの存在への気づきに繋がるのです。

あきらめずに気持ちを伝えて本当に良かったです。





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by cherish-chu | 2009-10-20 16:24 | 気持ち

言霊

言葉は注意して使いたいと思う。

誰しも弱音を吐きたい時はあるが、

それは精神的なバランスを保つために

行うことで活きてくるものだと思う。



しかし、”気がつけば愚痴が口をついて出る”

ような場合は、それは持ち直すためではなく、

更に自分を落ち込ませるようなものになってしまうと思う。



要するに”溜まり過ぎ”のサインなのだろう。

「これ以上は入らないので、

いらないものを出してください」というサイン。



だからといって所かまわず出し続けると、

自分を落ち込ませるにとどまらず、

周りの人をも不快にさせてしまうので、

適切な場所と時間が必要。

つまりカウンセリングなど。



言霊(ことだま)という言葉があるように。

愚痴ばかり言っていると、老化が早くなるように思う。

逆に、エネルギーを呼び起こすような言葉や

安心や自信が持てるような言葉は、

その人の持つ力をイキイキと活性化させる。




自分の発する言葉を、時折、

少し距離感を持って見つめてみる。

そのようなことも、エネルギーを呼び起こし、

活性化させることに繋がると思う。





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by cherish-chu | 2009-10-16 15:22 | こころについて

社会生活に必要な機能

今、私が生きる力として
特に注目しているのが”感覚”です。
対人関係や出来事に対して、

■『私が、どのように』感じているのか

が、生きていく上で本当に重要なアンテナ、
ということを心理や脳の仕組みについて
学び、知るほどに強く感じます。

茂木健一郎さんのひらめき脳によると、

"一昔前の脳科学では、
感情の中枢である扁桃核や中脳といった
進化的に古い脳は、原始的であるという意味から
「爬虫類の脳」と言われることもあった"
そうで、

"衝動や欲望が感情で、理性でそれを”抑える”
ことによって社会的生活を営むことが出来る、
というようなイメージが強く、

感情は暴走しやすいもので、
それを理性で抑えつけるからこそ、
人間らしく生きていけるというふうに
理解されていた時代もあった"
そうです。

・・なるほど、
確かにそのような時代の空気を
感じていた記憶があります。

しかし現代では、

理性が感情を一方的に抑える、
というのではなく、
両者は一体のものとして、
手に手を取って機能する、
というのが実際のところ
だそうです。

暴走する、と思い込んでむやみに抑えつける、
という点では、何やら不適切な親子関係のようでもあります。

要するに、
どちらかに偏ってしまってはうまく適応できない、
ということなのでしょうね。

感情だけで突っ走っては
ルールに反することもあるでしょうし、
理性を重視して感情を抑えれば、
抑圧されたものがいつか爆発するでしょう。

もともと進化の過程で生き残った機能は、
生き抜くために必要だから残っているそうです。

ということは、いらない機能なんてない、
ということで、抑える、という発想自体が、
そぐわなくなってくるのだと思います。

中でも感情(感覚)には、
何より大切な、”危険な状況を察知する”
という機能があります。

そしてこれは、
社会生活に必要な”共生”の元になる、
”人権感覚”にも繋がっていると思うのですよね。

大切にされていない、と感じる。
何かザワザワする。
おかしい、と感じる。
怖い、気持ちがわるい、居心地がよくない、など、

そのような自分自身の感覚が身を守り、
人権を守るのであって、
普段、理性を重視に偏るあまりに
感覚を軽視して生活していると、
ここぞという時にうまく働かなくなるのだと思います。

働いたとしても自分の感覚に自信が持てず、
せっかくの感覚を見捨ててしまうのだと思います。

本来、バランスよく機能させれば
スムーズに適応できるように生まれてきているんですよね。

”私の感覚”を、大切に大切に育んでいきたいと思っています。

ひらめき脳 (新潮新書)

茂木 健一郎 / 新潮社

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by cherish-chu | 2009-10-10 13:28 | こころについて

人権感覚の麻痺

虐待という、大変重大かつデリケートな問題は、

公共放送などで扱う場合には

細心の注意が必要だと思います。



制作側に充分な知識がない場合、

専門家にサポートをお願いするなどしないと、

視聴者に誤った認識を広めてしまうかもしれない。



誤った認識のまま放送してしまうと、

虐待をしつけとして正当化する親の詭弁を

強化することにもなりかねません。

これは本当に恐ろしいことです。

子どもの命に関わるのですから。



そのような危険性のある番組をたまたま見てしまい、

ビックリ仰天したのでたまりかねてメールしました。



プロデューサーさんから返事がありました。

しかし、この方はあまりそういうことについて

知らず、考えたこともないように思いました。



そこでは実際の被害者も参加しているので、

そのことも私は気になっていました。

虐待によって傷ついた人を

専門家のサポートもなく

いろんな人がいろんなことを言えるような場に

参加させるというのは、

満身創痍の人に目隠しをして、

デコボコや落とし穴だらけの道を

歩かせるようなものだと思います。

健康な人なら転んでも擦り傷くらいで済み、

倒れても立ち上がれるかもしれませんが、

すでに傷つきボロボロになっている人には、

場合によっては命とりになることもあるかもしれないのです。



そのような、被害者を更に追い込む

不適切な発言や、不要なアドバイスなどが

善意のつもりで発される、というようなことは

そういう場ではよくあることです。

そんな「言ってはいけない言葉」が飛び交うさまは、

まるでホラーを観るかのように、ハラハラさせられる。

これも一種の暴力では?と思うほどです。



プロデューサーさんがそんな感じだったので、

では、と思ってその放送局の局長と、

放送倫理についての自律機関に手紙を書きました。

今の私にできる範囲のことはしましたが、

どのように受け取るかはあちらの問題です。

被害者の方がこれ以上傷つかないことを願います。



こんな放送をしてしまうということは、

自らの知識のなさや認識不足を

自分から全国に発表するようなものだと思うので、

それは結局、他者を傷つけるだけでなく、

自分の首をも絞めるようなことになるのだと思います。



このような時、人権感覚の麻痺ということについて考えます。

知らなかったではすまないこともあると思うんです。

麻痺したくない、自覚的でありたい、と思います。
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by cherish-chu | 2009-10-09 10:14 | こころについて

中高生の問題行動

親が育ってないんでしょうね。

愛情や承認が欲しくてたまらない、

しかしそのことに自身が気づいていない。



そのような親に、

日々生きる力や愛情を搾取され奪われれば、

問題を起こしてSOSもするでしょう。



そしてまた子ども自身も、

焦燥感や飢餓感、存在自体の不安という、

得体の知れない感覚に突き動かされて、

何に飢えているのか、

何が足らないのか欲しいのか、

わからないまま衝動的に怒りや不安を

ぶつけているような状態なのかもしれません。



問題行動が継続するようなケースの場合は、

子どもだけに焦点を当てるのではなく、

親が「どのように関わって来たのか」

そして「今後どのように関わればいいのか」

というようなサポートも必要だと思います。



ある程度結果がまとまれば、

どのような親の関わりが

子どもの倫理感や人権感覚を歪めるのか、

というような事例を国民に広く啓発する、

もちろん個人情報云々という問題が

出ないような形で、です、

そういう根本的な取り組みがないと、

今後も逮捕者が出るような事件が起こることを

止められないのじゃないでしょうか。



罰を与えるだけで人が変わるなら、

もうすでにもっと暮らしやすい安全な世の中に

なっているはず、と私は思うのですが。



親子関係については、

全体的な底上げが必要だと思います。

本当に大切なことや、

してはいけない、言ってはいけないことなどの、

人間形成に関する重要な知識、認識は広まらないままで、

それとは正反対の知識・認識がそのままにされていると思います。



地球環境・エコの問題と同じくらい、

本当に真剣に考えていかないと危ない、

私たちの未来に関わる重大な問題のひとつだと思います。

いつまでも同じことを繰り返していてはいけないですよね。
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by cherish-chu | 2009-10-07 13:14 | こころについて

今日の一枚 a crisp morning



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by cherish-chu | 2009-10-06 11:40 | 今日の作品