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同じ歌でも人それぞれの多様性♪♪

今ボイストレーニングで練習中の曲"Fly me to the moon"〜♪

譜面どおりにではなく、アレンジして歌うことに

チャレンジしているのでいろんな人の歌い方を

聴いてみようと調べてみると・・ホントに多種多様でした♪♪


まずは大御所、トニー・ベネットさん。さすがですわ〜016.gif

4分16秒くらいからの”Fly〜♪”のフレーズは、

言葉どおり大空へとはばたくような歌声でうっとりします。




そして、Jazzバーッジョン、Diana Krallさんです。

聴いてるとすぐにリズムに合せて身体が動きだします。

軽い感じでさらっと演奏されているところがなんかカッコいいです。




続きまして、またガラッと変わります。

Lyn Collins さんのR&Bバージョン。

エネルギッシュかつパワフルで、同じ曲とは思えない仕上がりです。

この方は、あのJB、ジェームス・ブラウンにスカウトされ

コンサートツアーに参加、デビュー盤ではJBプロデュース・

共演だったそうです。スゴいですね016.gif




そして〜他にもいろんな方がカバーされてますが、

私の好きなこの方も歌っておられました053.gif

マーヴィン・ゲイさんです。

以前ブログにも書きましたが、この方が歌い上げるのを聴くと

心の奥で何かが共鳴するように、涙が溢れて来ます。




歌でなくてもそうですが、

同じことでも、人によってこんなに違う、

こんなにも多様な表現がある、と感じるのはとても好きです。

なんだかワクワクして、嬉しくなって来るんですネ。

多様性って、人の持つ可能性や希望とセットになってるんだと思います。


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by cherish-chu | 2011-06-26 15:25 | 音楽

悲しいドラマ

子どもが出演するドラマを見ていると、

とても悲しく残念な気持ちになることがあります。


そのひとつは、その子どもがとても”良い子”だと感じる時。

それが理不尽でも大人の言い分を聞いてあげる聞き分けの良さや、

いつもハキハキと、大きな声で元気のよい様子などなど・・


悲しいのは、”子どもはそういうもの”で

それが”正しい・正解”である、ような表現の時です。



元気がいい様子はもちろんそれでいいのですが、

子どもは明るく、活発で、大きな声であいさつができ、

素直にごめんなさいが言えて、親の言うことを良く聞く、

子どもはそうでなければ、というように思ってしまっている親御さんが、


ドラマを見て「うちの子は引っ込み思案で聞き分けがない」

とマイナスに考えてしまい、架空の子どもと比べて

”子どもの性格を治そう”なんてことになったら大変です。


そうならないように、明るく活発で聞き分けが良いことが

”正解”のような表現にはして欲しくないなと思います。


制作者側も、やはり「それが良い」と思っているのではないか、

と感じることもしばしばあるので。


”そうじゃなくてもいいんだよ”

というメッセージも、どこかでさりげなく入れてくれるような、

そんな画期的かつ希望に溢れたドラマなら、毎週欠かさず見ます。

ブログでもTwitterでも、宣伝して応援したくなりますし、

番組のスポンサー企業も、見直しますね( ̄▽ ̄)ノ

ドラマが子どもの個性の尊重に繋がるなんて、素晴らしいですよね。



・・もうひとつ悲しいのは、相変らず暴力が正当化されることです。

先日もドラマで、大人にせがんだ子どもが突き飛ばされていました。

私は、それを見て森田ゆりさんの

しつけと体罰―子どもの内なる力を育てる道すじに出てくる

(親に突き飛ばされた子どもがはずみで失明してしまった)事例

を思いだし、そんな行為がドラマでは正当化されていたので

「ああ、またか」と本当にイヤな気持ちになりました。



そのような事故が起こる可能性のある関わり(暴力)を、

「子どものことを思っているから・愛情があるから」

というふうに表現してしまうのは本当にやめて欲しいです。



事故が起こるだけではもちろんありません。

制作者の方に最も言いたいのは、

そのような「愛があるから」という行為の向こうには、

今日も、この瞬間も、「おまえのため」と言われて

怒鳴られ、叩かれ、突き飛ばされて傷ついている

子どもたちがいるということです。

それによって子どもたちの笑顔が奪われ、

悲しみと苦しみを背負わされている、ということです。

子ども自身も気づかないうちに。



「それをする大人も辛い」というのなら、

そんな辛い思いをしなくてすむ伝え方、

子どもも怪我や傷ついたりしなくてすむ関わり方があります。


なのに、そういう危険な手段しか知らずに今もそうしている大人たちに、

「子どものことを思っているんだよね」と言ってしまったら、

その大人たちが変わるきっかけも奪ってしまいます。



そのような表現は、悲しみと苦しみ、怒りや憎しみ

の再生産を後押しする、後ろから支える、

そういう可能性もあるんですよね。

そのことを知っている大人が増えたら、そういうドラマも

作れなくなるだろうと、思います。

悲しく、残念で、かつ危険でもあるそういう表現が、

テレビからもなくなることを心から願っています。


しつけと体罰―子どもの内なる力を育てる道すじ

森田 ゆり / 童話館出版

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by cherish-chu | 2011-06-23 17:05 | 知っておきたいこと

こぞって自分に向き合うようになれば

今のこの危機に、機能不全で育った大人たちが

”これではいけない!!”と目覚め、

こぞって自分に向き合うようになれば、

それはそれはものすごいチカラになって

この社会も大きく変わるだろうなぁ。


・・と、ふと思いました。


やばい!!なんとかしないと!!っていうピンチの時は、

今までのやり方を変えるチャンスでもありますもんね。



どんな親子関係で、どんな環境で育ったとしても、

それで一生が決まるようなことはありません。


実はすごいエネルギーを持っているのに、

”持っていない”と言われ続けて、

自分でもそう思いこんでいるだけなんですよね。


いつからでも、どのようにでも、

生き方も人間関係も変えられます。


不適切なやり方に支配されて、

本来の自分の力に気づかない、

発揮できないなんてもったいなさ過ぎます。



利用できる素晴らしいエネルギーが目の前にあるのに、

素通りして他の危険なエネルギーを使おうと

しているようなものだと思います。



苦しみや辛さ、悲しみや怒りは、放っておくと

良くないものに変化することもありますが、

大切に大切に、包み込むようにケアすれば、

何ものにも代え難い、糧へと変化します。


その糧は、

どんな時も自分を支えるエネルギーになり、

あるいは同じ痛みに共感する力として

他者との深い繋がりを産み出します。


これまで自分を縛り、苦しめていたものが、

自分次第でものすごく心強い味方になり、

苦しみや悲しみが深ければ深いほど、

それが糧へと変化した時、

その深さのぶん、大きな”歓喜”となって、

心を満たしてくれるんですよね。



今の社会全体を覆っている閉塞感のようなものを

打破する為にも、まず自分自身を変えようと

動き出している人も多いんじゃないかと思います。

そしてそれが、自身の未来はもちろん、この社会の未来、

子どもたちの未来を左右するんだと思います。

私も、ぼちぼちでも、変わらず動き続けます。


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by cherish-chu | 2011-06-17 00:14 | こころについて

よくぞ言ってくださいました。

茂木健一郎さんの昨日のツイートで俄然興味を持ち、
さっそく全部読んでみた丸山健二さんのツイート

胸がすく思いでした。
読み進めるうちにエネルギーが湧くような。

思わずいっぱいリツイートしてしまいました(^▽^;)

例えば5月4日5月10日5月14日5月26日のツイート。
有事の後に特に顕著になった日本の現状が
的確に表現されています。思わず唸るほどです。

そして、それはまるで過干渉な親のもとで育ち、
自分で選択する、決めるということを学習できず、
いつまでも支配と服従の関係の中で生きている
他力本願な大人の姿そのものだと思いました。

それから6月3日6月4日6月11日のツイート。
あまりに的確で爽快感すらありました。

結局、いろいろな理由で自己を正当化しても、
ごまかせるのは自分だけで、自分以外のすべての人には
バレバレなんだよなぁ、と思います。
そしてごまかしているつもりでも、
どこか罪悪感やうしろめたさがあって、
ごまかしきれていないと思うのですけどね。

これからどのようにしていけばいいのか、
という指針になるようなツイートも。
6月1日6月7日6月10日

少ない文字数に、見事に本質が詰まっていると思います。
政治家や原発に関するツイートもあり、それこそ
”よくぞ言ってくださいました”のオンパレードでした。

自分で感じ、考え、行動する、という
当たり前のことが、育っていく過程でできなくなっている、
そしてそんな生き方に慣れてしまっている、ということが
今、見事に浮き彫りになっていますよね。

今までのように自らの決定権を放棄して
支配と服従の関係性に縛られて生きるのか、
自由と選択、安心と自信を取戻すべく自分に向き合うのか、
という昔からあった問題が、今や本当に待ったなしに
なっている、そう感じます。

そんな時、このような著名な方のツイートや
アクションが、エネルギーが呼び起こす
きっかけになってくれるのでとてもありがたいです。
一日にひとつずつ、ツイートされているようなので、
これから楽しみに拝読したいと思います。

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by cherish-chu | 2011-06-12 17:37 | スゴい人

同じ機能不全家庭でも、人それぞれ、違う反応。

自己肯定感を持てず、生き辛さを感じていても、
人によっては「私は機能不全家庭で育った」
ということを受け入れられない場合もあります。

親の言動に不満や理不尽さを感じたり、
反発してきたような場合は、機能不全家庭について
知った時「あぁ、やっぱりそうだったんだ」
というふうに受け入れやすいと思います。

「何かおかしい」という違和感が、
ハッキリとした形になって証明されたようなものなので、
むしろスッキリするぐらいではないでしょうか。

しかし、親の言動を
「私のことを思って言ってくれているのだ」
「私がいたらないから、こうなるんだ」
のように解釈し、親の言う事を聞き、
従ってきたような場合は、機能不全家庭であり、
適切な関わりでなかった、というような説明も
「親をけなされた、家族をわるく言われた」ように感じたり、
受け入れるのに抵抗を感じることもあるのですね。

家族とはこうあらねばならない、あるべき、という
理想のようなものが、いかに人を縛り、自由を奪うか、
ということを感じます。



育った家庭は機能不全だった、と受け入れることは、
自分自身を救う第一歩です。

それを受け入れないことは、
親の言動を正当化することになります。

それはどういうことかというと、ここが大切なことですが、
"その言動によって傷ついた自分の気持ち”
を否定すること、無視すること、抑圧することです。

傷ついた気持ちや、尊重されなかった存在に、
自分自身が気づいて共感することなく、
否定や無視をして抑圧したままでは、
何も始まらないどころか、傷が膿み広がることもあります。



しかし、人間の心はそう単純でも鈍感でもないです。
今まで白だと信じて生きてきたものを
突然黒だったと言われて「あぁそうですか」と
機械のようにスイッチひとつで簡単に
切り替えられるようなものではないですよね。

傷ついた心を抱え、それだけを拠り所にして
生きて来たような場合なら、尚更だと思います。

抵抗を感じる、受け入れられない気持ちも、
"大切な私の気持ち"ですから。



専門家のサポート(カウンセリング)を受けるなど、
ひとつひとつ丁寧に、そうした気持ちを受け止め
共感してもらう、"尊重される経験"を積んでいくと、
そんな拠り所は必要ないことに気づいてきます。

本当の拠り所、安全基地は自分の中にある、
ということを実感していくことができるのです。

すべては、さまざまな原因によって奪われた、
あるいは弱まった、生きる力(レジリアンシーなど)
を取戻すことで、改善していきます。

同じ機能不全家庭でも、人それぞれ反応も進み方も違い、
その時々で、抵抗や行き詰まりを感じることもありますが、
そういう大変な時こそ、大きな変化の時です。
休みながらでもあきらめず続けていけば、かならず、
道は開け、明るく照らされていくと信じています。


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by cherish-chu | 2011-06-05 09:29 | 生き辛さの対処法